第 4 回 石踊達哉収蔵品展 −日本画と書による屏風の饗宴−  平成21年4月1日( 水)−5月31日( 日 )

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今春も石踊達哉の紅白梅図屏風と月秋草屏風を展示致します。年に一度の展示となります。

また郷土の書家・川上南溟氏の六曲一双の屏風を展示致します。この屏風の書は白楽天の詩を書いた作品です。
今回が初の展示です。

是非この機会にご来館のうえ、ご高覧下さいますようご案内申し上げます。

展示作品
石踊達哉 紅白梅図屏風、秋草図屏風他
川上南溟 白楽天長恨歌

観覧料
大人500 円 高・大学生300 円 小・中学生200 円
*常設展もご覧になれます。

 

石踊達哉 木漏れ日  1998 20号
石踊達哉(1945 -

川辺高校卒、東京藝術大学大学院修了。

パリにアトリエを構えた1988年頃、それまでのシュールな人物画から花鳥諷詠の世界にはいる。

平成10年に瀬戸内寂聴訳「源氏物語」の装幀画54帖を描き、200万部を発刊する快挙を成し遂げる。

平成11年両洋の眼展で河北倫明賞を受賞し、国内外で平成琳派の旗手と目される。

平成18年から歴史的な建造物である、金閣寺の方丈広縁杉戸絵および客殿格天井画を製作し、平成19年11月厳かに落慶法要が営まれた。その確かな筆致と華麗な色彩は益々高い評価を受けている。

川上南溟 (1915〜1999)

鹿児島師範を卒業後川上小・谷山小・一高女・鶴丸高校教諭などを歴任、昭和 47 年鹿児島大学教授。
関西の辻本史邑氏に、その亡き後東京の青山杉雨に師事する。
日展第五科「書」で昭和 45 年 改組 2 回目で特選になる。鹿児島から始めての快挙。
また昭和 50 年第 7 回日展で二度目の特選を受賞する。
昭和 45 年は漢字かな交じりの調和体。昭和 50 年 2 回目は漢字での受賞。この二部門制覇は全国での始めての事だった。
繊細で多彩な書風は漢字・かな・調和体において、墨の濃淡・線の太細・強弱・余白の美しさは格調高い作品を生み出した。

南日本書道展は昭和 16 年に始まりいきなり第三席の県会議長賞を受け、翌年第二回展で県知事賞に輝く。第 6 回展から審査委員となり、 13 回展からは審査委員長を務める。後に日展理事の青山杉雨とともに審査をする。

また、南日本書道会の競書誌「書林」は川上南溟氏が名づけ親である。昭和 37 年第 1 号から平成 11 年 3 月号なで 37 年間手本を書き続けた。会長の上原儷山とのコンビで育てた「書林」を通じ鹿児島の書道振興に尽くした功績は大きい。

書:川上南溟  六曲一双屏風  白楽天作 長恨歌

長恨歌は約 1200 年前唐の詩人、白楽天が玄宗帝と楊貴妃の愛を書いた 840 字からなる長編恋愛詩で、日本文学に大きな影響を与えています。

第 1 章は貴妃の類い稀な美しさと、帝との仲睦まじさが連綿と綴られています。
第 2 章は将軍安禄山の乱により、帝が長安の都から蜀へ逃げ延びる途中に貴妃は亡くなりました。
その後、帝は都に帰ったが、貴妃のことを忘れられずに悶々としていました。
第 3 章はその様子を見かねた霊を呼ぶ力を持った道士があちこち尋ねて、仙人になっていた貴妃(太真)にやっと逢うことができました。

貴妃は帝への想いを語りますが、二人の誓いの詞「天に在りては願わくば比翼の鳥と作り、地に在りては願わくば連理の枝と為らん」は余りにも有名です。
最後は天地が尽きることがあっても、二人の愛は永遠に綿々として絶えることはないでしょう と結ばれています。