2013.11.1(金)〜12.10(木) 『木下貴雄逝きて十年展 −ぶつを貫いた一途な生涯−

木下貴雄は宮崎県小林市に生まれましたが、当時の甲南高校の鮫島梓先生に指導を受けたく、甲南高校に入学しました。

それから東京での画業一筋の生涯を送りました。逝去後6畳一間のアパートにうず高く積み上げられた作品が見つかり、それはあたかも、木下貴雄が美に向かって一途に生きた証のようでありました。

没後十年を向かえるこの時期に、ご遺族と木下貴雄顕彰事業実行委員会のご厚意により寄贈された作品と当館の収蔵作品を展示することと致しました。

展示作品  

頬杖の女」「コサックの男」「少女」「出を待つ役者」他約45点


                         
観覧料 一般500円 高・大学生300円 小・中学生200円
(常設展もご覧いただけます)


木下貴雄作品

 木下貴雄逝きて十年展―ぶつを貫いた一途な生涯―に寄せて

ここに丸太の垣根に背をもたれ、帽子をかぶり笑みを浮かべた木下貴雄と、不安げな友人の山下三千夫を中央に4人の人物が写った一枚の写真がある。

背景には秋草の茂る原っぱと田畑が広がり、遠くに雄大な阿蘇の外輪山が連なっている。

これは末期癌の診断を受けて、故郷の小林市に帰省した木下が、姉に会い墓参を済ませた帰りに、スケッチ旅行を楽しんだ時のものである。それから2ヶ月後の2003年11月23日、彼は61歳の生涯を閉じた。

この度、当美術館では『木下貴雄逝きて十年展』を開催することになりました。今回の展覧会は、昨年5月にご遺族と木下貴雄画業顕彰事業実行委員会のご好意により寄贈された絵画と、当館が収蔵していたものの中から選んだ、作品約45点を展示いたします。

木下の人生は世の幸運に恵まれず、美に向かって鹿児島弁で言うぶつ(変わり者)振りを見事に貫き通した、壮烈極まりない一途な生涯でした。

木下は1942年小林市に生れ、小林中学を経て1958年甲南高校進学、美術部に入部しました。当時の甲南高校美術部は芸大出身の教師、鮫島梓先生の指導を受けて、県を代表する多くの画家を輩出していました。当館の主たる収蔵作家である大嵩禮造もその一人です。彼はしばしば美術部の指導に訪れていて、「ぶつ」と言うこのニックネームは大嵩が名付け親です。

入部した木下は忽ち頭角を現し、1959年(高2)宮崎県美展で小林市長賞を受賞、同年南日美展知事賞を受賞した大嵩と一緒に両県を代表して、久留米の石橋美術館で開催された第三回西日本洋画新人秀作展に招待出品しました。卒業後、東京芸大への挑戦を試みましたがその願いは叶いませんでした。

1972年から東京国立市で画業一筋の彼の生活が始まりました。色々な絵画グループへの参加、甲南高校美術部の東京OB会である蔦の会への出品、劇団民藝の絵画部に参加して、沢山の役者絵を描いています。また苦手な個展を数回開いていますが、「絵は食うためだけじゃない、生きるために描くのだ」を信条とする彼は意図的に絵を手放すことはありませんでした。彼が何処に住み、どのような生活を送り、どんな絵を描いているかを知る人は少なかったようです。

逝去後、国立の古い木造アパートの6畳一間には、3000点余りの作品がベッドの下や周囲に足の踏み場も無い程うず高く積み上げられ、彼の生き様が鮮明に記されていました。その確かな素描力に裏付けられた作品群は、鑑賞する人の心を打ち、深い感動を与えています。

 今回の展覧会に際しましては、山下三千夫が画家として、また木下の友人として作品を選び展示しています。


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